創作民話 野原の診療所
2023-03-29


そのときです。前を歩いていた金蔵さんが、小声で何かさけび、足をとめました。そして、肩の鉄砲をすばやくかまえると、一点にねらいをつけたのです。金蔵さんの銃は、外国製のすばらしく高価なもので、いつもじまんしているものです。
 清吉さんは、金蔵さんがねらいをさだめた先を見ました。高い木のこずえに、動いているけものがいます。どうやらリスのようです。「ひょっとしたら」清吉さんの頭のなかに、先ほど診療所に来ていたお母さんリスと子リスの姿がうかびました。清吉さんは、胸がたかなり、熱いものでいっぱいになりました。金蔵さんが息を少しはいて、いよいよ引き金にかけた指がうごきます。
 「いけない!」
 さけんで、金蔵さんの鉄砲を清吉さんがたたきました。同時に鉄砲はドーンと火をはきました。たまはずっとむこうの大木の根もとにあたっただけです。
 音におどろいたリスは、次の瞬間には深い木立のなかへと姿を消してしまいました。

 しばらくの間、金蔵さんは口をあんぐりあけたままでしたが、正気にもどると「コノヤロー」とどなって、清吉さんに銃口をむけました。怒りでいっぱいになり、ぶるぶるとふるえています。今にも引き金を引きそうなけんまくです。清吉さんが、うたれると思って目を閉じたその瞬間、金蔵さんが清吉さんのほほを平手で強くたたきました。そして、そのままドシドシ道を下っていってしまいました。
 歯を抜いたばかりのほっぺたをひどく強くぶたれたものですから、清吉さんは目になみだがあふれてきて、なきたい気持ちになりました。
 もう金蔵さんとは、友達ではなくなってしまったのです。二度と口をきいてくれないでしょう。
 清吉さんは悲しくなりました。でも、心のどこか、すみっこの方ではこう思います。
 『友だちも大切なものだけれども、もっとだいじな、お天道さまと同じくらいだいじなものを、ぼくはなくさないですんだんだ』
 とっくに陽が沈んで、山の空気がすっかり紫色になりはじめた道を、清吉さんは一人くだっていきました。

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