2023-03-29
先生の指さしたイスに腰かけると、なるほど、となりのイスにはカワセミが目になみだをためて、ちょこなんとすわっているではありませんか。痛みをウンムとこらえて、ひとっところをじっと見つめていますが、清吉さんは思わず吹きだしてしまいました。
なにしろ、くちばしをグリグリと巻いた包帯がおもくて、いまにも頭が前にこけてしまいそうなくらいにバランスの悪いかっこうなのです。
清吉さんが吹きだしたのをみとがめたようすで、キツネの先生は説明をしました。
「カワセミさんは、昨日のことですけれど、花貫川で魚めがけて水の中にとびこんだのです。ところが、その魚が石だったのですよ。魚そっくりのね。気絶して、名馬里あたりの淵にプカプカ流されてきたところを、助けられたというわけです。まあ、いってみれば名誉の負傷ってやつですな。」
ようやく清吉さんの番になりました。
「これでよく今までガマンしていたねえ。さっそく抜いてしまった方がよいでしょう。」
キツネの先生は、ヤットコを取りだし、「ううん、ううん」といきばりながら、清吉さんの虫歯を引き抜こうとします。口のなかにヤットコをつっ込まれて、目を白黒させた清吉さんも「ううん、ううん」とうなって痛みをこらえます。
悪い歯を抜きおえると、キツネの先生は看護士さんに痛み止めを作るよう、いいつけました。看護士さんキツネは、ドクダミの葉を何かの木の根といっしょにすりまぜて、薬をつくりはじめました。
いつのまにかとなりのイスには、カワセミの姿はなく、次の患者さんが治療をまっていました。かわいらしい子リスが、お母さんのひざにだかれて、ないています。お母さんリスは子リスをあやしながら、早口で先生にうったえるのです。
「先生この子ったら、人間の落とした銀貨を何とかんちがいしたのか、かじってしまったんですよ。見てくださいなこの歯を。ボロボロになってしまいましたのよ。まったく、リスの前歯ほど大切なものは、この世にお天道さんのほかにないってのに、この子はほんとうに。」
子リスはひどく痛むらしく、「うえん、うえん」としきりにないています。
「まあまあお母さん、だいじょうぶですよ。どれ坊や、見せてごらん。すぐになおしてあげるからね。」
キツネの先生は、その子の前歯を、裏から表からといくどもつくづくながめ、それからキノコに薬をふくませて、歯の欠けたところにぬりつけました。
「さあ、これでもう痛くないだろう。ほらほら、もうなかないで。」
「お母さん、そうですねえ、月が三日に欠けたらその次の日に、もう一度きてください。そうしたら、メノウで作った歯を入れてあげましょう。」
リスのお母さんは、やっと泣きやんだ子リスをしっかり抱きしめながら、なんどもなんどもおじぎをして、診察室を出ていきました。
入れちがいにやってきた新顔は、びっこをひいたシカです。
「いやあ、猟犬どもに追いかけられてね。ごらんのとおり、足を二か所もかまれてしまいました。米平のあたりは、さいきん禁猟区になったはずなんですがねえ。」
シカがはなしだすのをしおどきに、清吉さんは腰をあげて、ていねいにお礼をいいました。歯を抜いた痛みは、先ほどの薬のせいかもうすっかり消えていましたから。
診療所を出ても、清吉さんはだまりこくって、何ごとかを考えこみながらあるきました。まだ眠りたりないといったふうの金蔵さんが、目をゴシゴシこすりこすり、「まだ痛むのかい?」とたずねても、「うんや」とへんじするばかり。
「あーあ、今日はまったくついていないねえ。獲物はまったく姿を見せないし、清吉さんの歯はおこり出すし、まったく。」
金蔵さんは、くだくだとぼやきました。
「こういう日は早く家にかえって、上等のブランデーをちびちびやるのが一番だ。」
二人は、もときた道をてくてくとずいぶん歩きました。もうそろそろ、陽が山のかげに落ちていくようです。
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