焼け野原裁判
2022-09-20




 焼け野原裁判

 花貫川は、子供たちがカーブと呼んでいる水遊び場の少し上から、小さな支流が注ぎ込んでいます。 その流れを、荒屋までさかのぼると、そこはもう、一面のススキの原っぱです。学校が休みの日などは、子供たちの一群が、落合牧場の裏手の狭い土手を、危なっかしくつたってやってきては、二手に分かれて戦争ごっこをしたり、大きなお茶の木の株もとを押し広げて“すみか”と名づけたソファーにして、お弁当を食べたりしました。
 でも近頃は、子供たちのそんな元気な姿は、めったに見らえなくなりました。深い草ばかりで、ところどころに思いついたように、ポツンポツンと立木があるばかりのススキ原なんかよりも、子供たちは塾が忙しいし、だいいち遊ぶのなら、テレビゲームのほうがよっぽど楽しいようです。
 ですからこの頃では、このススキの原に分け入ってくるのは、南はしの道路沿いに、新しく建てられた鈴木さんの家で飼われている三毛猫くらいのものです。

 ススキ原から地続きに、北へ大きく広がっている烏森の入り口近くの川辺に、太っちょダヌキのノノリがあおむけになって、目をつぶっています。十一月のあたまになったとはいっても、まだまだ暖かい日差しを浴びながら、ときおり、三角耳を思い出したようにピクリと動かします。
 冬枯れの始まるころ、こうして寝転がり、川のせせらぎを聞きながら、日向ぼっこをするのが、ノノリの何よりの楽しみなのです。
 水の音は、コロコロと心をなごませるようにささやき、風は、和尚山や花園山の森をかけぬけてきた時のことを歌います。
 (実にいいねえ。透き通った風が、東の椿のこずえをぬける時の声などは、なんともいえずこころよいなあ。まるで、水晶山からもらった光を歌にしたようだ。ああ、あのさびしい音色は、きっと水沼の上をわたってきたんだ。)
 遠くの一本杉のあたりから、モズのたかなきが加わります。
 (なんてすばらしいんだろう。世界中がまるで、水色の音でみたされている。)
 ノノリの胸の中は、熱いような、冷たいような、へんてこな気分でいっぱいになりました。

 「火事だあっ。」
 とつぜん、カケスたちがあちこちへと、てんでに飛びたちました。ノノリは、片目だけをぱちくりとあけ、あわてて飛びまわる鳥たちのほうへ、まんまる目玉をぎょろりとまわしました。
 と、つぎに近くのやぶからリスが飛びだしてきて、まんまるいノノリの腹を、「ムギュッ」と踏みつけ、走り去りました。
 「乱暴な奴だなあ。いったいなんだというのだ。」
 風のコンサートにひたっていたあたまは、まだ急には働ききません。むくっとおきあがって、さわぎのほうを見ると、灰色のいやな感じのけむりが、もやもやと柱になって、お日様にいどみかかっています。
 それを見たとたん、ノノリのあたまの中では、「はやく、はやく」という考えと、「どうしよう、どうしよう」という考えがしょうとつして、こんぐらかって、胸の太鼓がドンドコドンドコたたきだしました。それでなくても太っているため、ハアハアする息が、よけいにハアハア・・・・。
 ようするに、ノノリはびっくりぎょうてん、わけがわからなくなっていしまったのです。
 そこへこんどは、火事の現場へといそぐシカが、すぐ近くのやぶから走り出してきて、ノノリのおしりにおもいきり角をひっかけてしまいました。
 「ギャッ」
 はねとばされた太っちょダヌキは、空中でくるりんとまわって、うまいぐあいにシカの背にまたがっていました。

 消防ギツネのココルが、消火作業の指揮をとっています。炎が、まるで笑いこけながら、野原を食べつくそうとする化け物のように、ススキのやぶをすでに二つ焼きつくし、ますますいきおいよく燃えさかっていますが、ココルは自慢のひげをぴんとたて、ゆうかんにたちむかっていきました。

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