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けものと信号機
下君田に住むのけものたちは、大騒ぎです。大塚神社の角の十字路に、新たに信号機が設置されるといううわさが、神社のカヤの樹に住むカケスによってもたらされたからです。
けものたちには、信号機そのものが分かりません。
「信号機ってなんだ?」
訳知り顔のけものが幾人か、何かしら説明しようとしますが、土台知らないものなのでさっぱり要領を得ません。
そこで、やはり神社の大杉に住むフクロウ爺さんが、おもむろに話しはじめました。
「ほれ、大塚神社の所は、小神戸からきて町へ降りていく道と、学校の方から降りてきて、栄橋の方へと行く道が交差しておるじゃろ。」
「うん、うん。」
みんなはうなづきました。
「人間は、どちらから来たものがその交差点を通って良いのか、灯りの色〜これを信号というのじゃが〜で分かるようにルールを決めておるんじゃ。横断歩道が一緒にできるはずなので、我々けものは、その灯りの指示に従って、横断歩道を渡ることになる。
争いが起こらないよう、ルールを決めて、それをお互いが守っていくというのは、我らが見習うべき人間の美徳だな。」
「うん、うん。」
みんなはうなづきました。
「そのルールは、“法”といってじゃな、三千年の昔・・・・」
「じいさん、そこまででいい。それ以上は、長くなっていかん。
それよりも、その信号とやらのルールとやらを教えてくれ。」
と、松岩寺の柴犬、ポチがさえぎりました。
「まったく、若い者は向学心というものがないで困るよのう。」
フクロウのじいさんは、ひとりごちました。 さあ、次の日からフクロウのじいさんと、最近街内から引っ越してきたカラスの葛丸が先生になって、信号の特訓が始まりました。 葛丸は、田舎のほうが空気が新鮮で、喘息気味の自分にとっては、ここの暮らしのほうが「理想的」だといって、いつの間にかいついてしまった街ガラスです。
街ガラスだけあって、信号なんてものは見慣れすぎて、そこにあってももう目に入らないくらいだと、うそぶいていました。
だいたい、葛丸はずい分いやしいまねをして、カラス仲間から袋叩きにあって、追い出されたのですが、山のけものたちにはそんなことは知る由もありません。
あ、ちょっとばかり話が横道にそれましたね。信号機の特訓の話に戻しましょう。
狐の勇作一家が、フクロウ爺さんの命令で信号機に変身させられていました。勇作がもともと松本商店があった角に立ち、奥さんの花子が(ちょっと古風な名前ですね)鈴木さんちの角に、大塚神社の方には長男の文治(これも古風な名前ですねえ)、今の松本商店側には次男の次郎(またまたこれも)古風な・・・、えっ、しつっこいって)が立ちました。
口にそれぞれ、近所の鈴木さんちの畑からもぎってきた緑、赤、黄いろのパプリカをくわえていました。
「おい、モウシンよ、準備はよいか。」
じいさんがイノシシに声を掛けました。
イノシシのモウシンは、
「いつでもオッケーだ。」
と、前足で地面をひっかきました。
「おいおいモウシンよ、そんなに猛進せんでもよいのだ。」
最初に山鳩のソウさん一家が、横断歩道のへりに立ちました。そこへイノシシのモウシンが、学校の方から走ってきて、横断歩道の手前で止まりました。勇作と花子のくわえているパプリカが赤だからですそして、歩行者横断側に向かっては、緑のパプリカを手でかざしています。これは、獣が道路を横断してもよいという合図です。
「はい、今だ。渡って!」
葛丸の大きな声に驚いて、山鳩のソウさんは思い切り飛び上がりました。そして、神社の杉の木立へと消えていったのです。
みんなは、あんぐりと口を開けて、それを見送っていました。
葛丸がしゃがれ声になってわめきます。
「大体にして、鳥に信号なんか必要ないんだ。空を飛んでいるのに、なんで自動車を気にしなければならないんだ。」
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